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いくのさん家の日々

認知症高齢者の介護支援をしている「いくのさん家」スタッフTのドタバタした日々を綴っていきます。

カテゴリ >> グループホーム (18件)

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新しい入居者さん

今まで一人で暮らしてきたAさん。火事の心配が起きたためにグループホームに入居されることに。不安な気持ちの中で、ホーム生活の初めての夜を迎えている。

落ち着いてくださるかな。もしかしたら家に帰りたくなって徘徊が始まるかもしれない。

でも、この生活に落ち着いてしまったら、今度は認知症が進行してしまうかもしれない。

わかっていてもなにもできない無力なわたし。

※写真は、Aさんの荷物を自宅に取りにきた私たちのクルマ。

 

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GH全国大会

このあいだの土日17・18日は、米子市にて行われたグループホームの全国大会に行ってきました。さすがに全国大会。北は北海道、南は九州沖縄まで、全国各地からグループホームの質の向上を目指す熱い人々が集結しました。

二日目のシンポジウムに事業者代表として参加させていただきましたが、私自身の話は要約しますと、「看取りを通して考えた、グループホームのハードとソフトの問題」です。

小規模多機能や認知症デイサービスなどを行っている事業者の視点から考えると、グループホームの「ハード(建物)」と「ソフト(サービス)」はそろそろ分けて考える時期にきたのではないか…と思うのです。

高齢者専用賃貸住宅や有料老人ホームなど、高齢者の「新しい住まい」は多様化しつつあります。その流れのなかで、これからのグループホームの立ち位置はどう考えたらよいのか。これが大きな課題となることはもう間違いない、と言えると思います。

どこまでこの話が会場に伝わったかはわかりませんが、一緒にお話をした介護ジャーナリストの田中元さん、廿日市社協の酒井さんとお知り合いになれただけで成果でした。またお会いしたいです。

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グループホームの全国大会

ご存知の方も多いとは思いますが、今月17・18日に米子市のコンベンションセンターにて全国認知症グループホーム大会2008」が開催されます。鳥取県でこんな大きな大会が開かれるのは本当にまれなことなので、どしどしご参加くださいませ!

http://www.zenkoku-gh.jp/htm_site/2008-gh-taikai-00.htm

恥ずかしいですが、18日のシンポジウムに出させていただくことになっています。ところが実は…いまだに(!)発表内容が固まらなくてとても焦っております(^^;)。

 

「終の棲家 構想」は現在進行形です。人生の最期の日々を豊かにする環境とはどんな感じを考えたらいいのか、設計士さんと悩んでいます。あるていど間取りの固まった時点でスタッフみんなと、あーでもない、こーでもないと話し合おうと思います。

「終の棲家 構想」などと言葉にすると、なんだか無神経なような、威張った感じというか、偉そうな感じ。なにか良い言葉はないですかね。

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ゴルトベルク変奏曲

日曜日に葬儀に行ってきました。天気のよい日でした。

余命わずかと言われてから約1週間。その日その日の重みをこんなにも感じた日々は初めてでした。今はただただ、ぼんやりと虚脱した毎日を送っています。

バッハに「ゴルトベルク変奏曲」という器楽曲があります。ピアノで演奏されることが多いのですが、チェンバロで聴くとまた違った楽しみがあります。

始めに「アリア」という短くてシンプルなテーマがあり、30回にわたってそれが変奏され、最後にまた始めの「アリア」に戻るという、まるで全体がひとつの人生のような曲です。

グールド、ケンプ、ペライアなど、優れた演奏は数多ありますが、リヒターの来日ライブがミスタッチだらけで、それがまた人間らしくて好きです。

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生活の場のターミナルケア

いま「看取り」に直面しています。

グループホームは介護の現場です。ホームの協力医の寺岡先生に助けてもらわなくては看取りは成り立ちません。毎日毎日先生は様子を診にやってこられます。本当に心強いです。

介護スタッフの緊張は相当なものですが、ありがたいのはご家族が一緒に泊まってくださっていること。慣れない場所で泊まるのは本当にしんどいだろうなと思います。

看取りの段階、とはどこからを言うのでしょうか?ご飯が、水分が、口から入らなくなった時を言うのでしょうか?老衰と病気とはどう違うのでしょうか?

この段階までくる前に、積極的な治療を頼むため、ご家族と一緒に、ある病院を訪ねました。ところが「老衰」と診断された高齢者に対して積極的な対処を考えていないその医療機関と、「少しでもよくなってほしい」というご家族の思いは相容れませんでした。そうこうしているうちに、ご本人の容態は急変してしまいました。

これでご家族の意思は固まりました。

さて、私たちにはここからなにができるのか。今はただただ、日々変わっていく状況に必死に向き合うのみです。